Friday, February 14, 2014

碧騒398 あふれ出す影、潜伏する影

398 あふれ出す影、潜伏する影  意味が現実であるのはしるしを占め、しるしが現実であるのは物を占めるからであるが、この影としての物は場所を占める物でも物としての場所でもなく、何処デモナイ中間であるが宙に浮かないようにはたらく。  商品が本当の持主の接近に光り出し、しかも本当の持主は単数ではないのは、影がおどむのであり、絶対空間があふれ出すのであり、影が窃視のようにあふれ出して光るのである。しかし、影が潜伏する限りは単なるしろもの、取り替えのきくものに留まる。太占でいきなり生贄が籖で決まるのも神の興味が筒抜けなのであるが、しるしと物が解離して影が潜伏する限りはどんな兆候も取り替えがきくしるしに過ぎない。  トーテムも、隠沼のように影がおどみ一目惚れのようにいきなり生贄が籖で光り出すか、単に取り替えのきくしろものやしるしであるか、の間に振動する。値がつけられないか値がつくかの間に、絶対空間(中間)が宙に浮くか浮かないようにはたらくかの間に振動するのであり、先祖が最終状態であることの(認識ではなく)化に面しての模写発作と転移発作が、意味不明のままに次第に形代で置き換えられていくのは、意味の入れ子状態を追跡するのである。

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