Sunday, March 16, 2014

碧空408 遅らされている「曖昧な奇妙な一瞬」

408 遅らされている「曖昧な奇妙な一瞬」  「人々は心正しき者の堕落と恥辱を喜ぶ」、これは、スヒマ僧ゾシマ長老の説教であるが、実例を以て証明してみせるかのように、ゾシマ長老の遺体には、救済の徴候としての奇蹟ではなく、自然な進行よりも急速な腐敗が顕れる。それに先立って、「『不謹慎』とさえ言える動揺と性急な期待とが突然あらわれ」ていたが、しかし、人々が漠として予期していたのは腐敗であり、そのことを埋め合わせるように救済の徴候の期待が要求がましくなっていたのであり、紛れもない腐臭が漂い始めてからは、思いがけなさが本当の期待を打ち消すことで埋め合わせる。  アリョーシャを襲う「曖昧な奇妙な一瞬」の、その正確な意味は、スコトプリゴニエフスクのエートスがフョードル・カラマーゾフの被殺害を漠として予告していたように「思いがけなくも」現実になったゾシマ長老の腐敗と腐臭に面して、その早過ぎる腐敗が何かの間違いであり得るのに、どうして誰も誤審ではないかと疑わずに説得されてしまうのか、つまり、どちらに転ぶのであれ説得力というものそのものが失効していない限りこれは、最後の審判は遅らされているのであり、誰も救済されていないために誰も見棄てられてもいない、このことである。

0 Comments:

Post a Comment

<< Home