Tuesday, March 25, 2014

碧空411 至近距離の変容

411 至近距離の変容  ラスコーリニコフがアリョーナ・イヴァーノヴナの頭上に斧を振り翳した瞬間、それが何かのはずみ、意想外、意志の喪失、ほとんど力も入れず機械的に、力というものがまるで無い、と感じられるのは、その瞬間を「かっと照らし出す」斜光が、ラスコーリニコフが凶悪な罪を犯すことではなく、生贄であることを浮かび上がらせるからである。罪と罰は解離していない。  罰は罪を解く救済のようなものであるが、救済は救済されないための擬似救済を脅かす。ラスコーリニコフが我に返ることが覗き穴を回復することであるように、斜光に「かっと照らし出される」ラスコーリニコフは覗き穴を盗まれている。凶行の現場に戛々と近づいて来る誰かの跫音はラスコーリニコフを「かっと照らし出す」斜光のようなものであるが、内側で閂をして、また鍵穴に鍵を挿し入れて覗かれないようにした扉を挟んで、コッホと至近距離で気配を探り合うラスコーリニコフは覗き穴を回復していて、この至近距離は覗き穴が盗まれないために保持されている。この至近距離は発覚の脅威ではあるが、「力も入れず機械的に」というのではなく、この至近距離が何か善のようなものであることは脅かされていない。この、ラスコーリニコフとコッホを扉一枚で隔てる至近距離は、しかも混乱しながらも、誰かの跫音とコッホを区別し、救済と擬似救済を「何も変わっていないのに取り替えられてしまっている」というように隔てるのである。  ラスコーリニコフが後に、凶行の現場に戛々と近づいて来る誰かの跫音を繰り返し想起しないではいられないのは、この至近距離の変容である。

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