Thursday, April 03, 2014

碧空414 カラマーゾフの跫音、この世の跫音

414 カラマーゾフの跫音、この世の跫音  人々が予言者を待ち侘びるのは、予言者に個の頓挫が顕れるために、人々を脅かす「心神喪失」を度忘れしていられるからである。ゾシマ長老の遺体に堕落の徴候(腐臭)が顕れた蔭で人々が救済されていないことを度忘れしていられるように、カラマーゾフに父殺しが発覚してカラマーゾフ裁判にロシア中が興味津々であるのも実は何よりも人々の身近に潜む最終審級の気配を度忘れしているのである。そのために人々の興味はおどむ種子(影)の呼び出しにではなく、種子の潜伏(影)を占める動機に向かうのである。つまり、カラマーゾフは何を複写し、予言したのか、何を見たのかと。  動機は種子の興味が複写と予言の関係に変容したもので、その、実体を占める提喩と範疇の関係は現在の惰性、擬似救済である。それは、一回性に留まりながら反復するかの如く、一回性を度忘れしている。刺青が脅かすとすれば、それは、この日常性に眠り込んでいる一回性が呼び覚まされるのであるが、カラマーゾフ事件のカラマーゾフが薄気味悪く(ひょっとすると懐かしく)迫るとすれば、それは、動機性に眠り込んでいる種子が目をみひらくのである。カラマーゾフは何を見たのかと。  問は何も変わっていないのに取り替えられてしまっている。カラマーゾフの跫音とこの世の跫音が漠としてはいるが何か決定的に、何か致命的に違うように。

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