碧空433 Rousseauの「告白」は匿名になる
433 Rousseauの「告白」は匿名になる
「白痴」であることは、半開きの扉からおそるおそる外へ出た子猫が、腰を下ろして呆然と大気に吹かれているようなもので、漠として予期されてもいるが思いがけなくもあって、こうして二重に試みられるのは、寛容と不寛容とが交差するのである。
この交差は、ムィシキン公爵に於いては、手放しの信頼と何だか分からない猜疑の両極端の同居で、被造物であることに面してくらくらっとするまでに殴られるかの如くである。ペテルブルグやナスターシャ・フィリッポブナとは、この「被造物」であることが暴れるのであり、それは、死刑の瞬間へと導かれ、引き出されているサンドバッグ状態の「白痴」であることの影が暴れるのである。
J.J.Rousseauの、陰謀と追跡に誘導された状態、湖中の島の牢獄に幽閉された状態も、ムィシキン公爵にペテルブルグやナスターシャ・フィリッポブナや「ロゴージンの目」が暴れるサンドバッグ状態である。種子の関心である予言は一般化される限りでしかも或る現実になるが、この或る現実をしかも匿名にする影こそが予言である。それは、サンドバッグ状態と解離しない。Rousseauの「告白」は匿名になる。同時に、それは、匿名であることから脱皮しようとする発作である。


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