Monday, June 02, 2014

碧空434 「白痴」であることが匿名になる

434 「白痴」であることが匿名になる  ムィシキン公爵はいつも「白痴」であるのではなく、不意をついて「白痴」であることが実体の如く迫るのである。それは、ムィシキン公爵を占める癲癇が影としての公爵と解離しないで実体の如く迫るようにである。解離するのであれば癲癇は公爵を無防備に脅かす現実(疾病)であるが、実体の如く肉薄するのであれば癲癇の現実性こそが脅かされている。そのようにして、「白痴」であることが実体の如く(目をみひらいて)迫るのは、「白痴」であることが匿名になって(地獄から管を通されて)何か違うのである。  この目、この肉薄は、息を吹きつけて来る。この気配は、癲癇の前触れと区別がつかない。息を吹きかけられて蝙蝠や猿や馬に姿を変えられる気配やこの世の最終状態としての山蛭の気配(「高野聖」(泉鏡花))は、青い冷気も含めて、卒倒の前兆が報告されているのであり、あの「あし萎え」の(地獄から管を通された)木曾節は、「あし萎え」であることの現実性が解脱して何か違う。

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