Sunday, June 08, 2014

碧空436 何か新しく、予言的なものの気配

436 何か新しく、予言的なものの気配  「夢から醒めて・・・夢の中になにか自分に解ききれない謎を残してきてしまったという気持ちを覚える・・・同時にそうした荒唐無稽のかたまりの中に、何かの思想が隠れているのを感じとる。しかもその思想とは、すでに現実の形をした思想」で、漠としながらもずっと前から生活の中に存在しているのであるが、しかし夢になることで何か新しく、予言的なものになる。(「白痴」)  或る現在としての思想が、別の或る現在に忘れ物をしているかのように転生するために、症状であることから命令であることへ予期化して霊的になることは、不随意に記憶が襲う(襲うからには脅かしかける)場合にも、他の誰かの頭に思想が変装して転生する場合にも起こっている。  告白が野心であるのは擬態の気配を消すことが野心であるからであるが、直しさや「私」というものを鎧う具体の保存(日常性)は平均化や提喩といった抽象であり、擬態が解けるということはこうした具体と抽象の解離としての野心が解けるのである。化は具体となって出現すると同時に潜伏する霊的なものの奇妙な(霊的なものが打ち消されなければならない)保存であるが、それが媒体性で、具体と霊的命令は解離しない。症状であることから命令であることへ予期化して霊的になることは、化とは逆向きのようであるがそうではなく、何か新しく、予言的なものになるのである。何か出そうな気配とは、この何か新しく予言的なものの気配の報告の一つで、この気配は、日常性に於いて媒体性が器官の延長として再発するならば、それは、技術革新の気配である。

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