碧空442 ノスタルジア(あるいは、責め)
442 ノスタルジア(あるいは、責め)
何もかも打ち消すニヒリズムと取り違えて何も打ち消せずに魘される、それが、ドストエフスキー的な混沌、ノスタルジアではないか。
最終状態(影)としてのロシアの大地が実体の如く迫り、影としての世界の果てが出そうなのである。
タルコフスキーの場合、監禁を解かれた少年は、父が説くこの世の終末が一体どういうものなのか見たくて、村の家々の間を走り抜けて崖の縁に出て、何だか分からない洞窟の闇の奥へ石を放り込みたくなるように「コレガ、世界ノ終ワリナノ?」と大きく目を見張って誰にともなく問いかける。そこには、視界を占めて谷、崖が連なっていて、その風景は、何処でもなくなりそうな場所で、場所の影(意味)としての世の終わりと解離しない。ボンネットのような犬の鼻頭部を観察していると、鼻頭部が鼻頭部に似ようとしている疼きが分かり、不覚にも鼻頭部を紐でぐるぐる巻きにしたくなるのは(「鉄カブト虫」下、胡孫眼)、何物でもなくなる鼻頭部が決壊するのを鎮めようとするのであるが、そんなふうに少年は石を放り込まずにはいられない。
呼び声(責め)というものは、打ち消される限りで呼び出される。ノスタルジアは、そうした贖罪じみた葛藤である。


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