Sunday, July 20, 2014

碧空450 顰蹙の、足の悪いマリヤ

450 顰蹙の、足の悪いマリヤ  神をエネルギーとして扱う呪術の失調は、Jesus Christが袖触れ合う隣人として目撃されるようなことである。太陽を待つように二年間シャートフはスタヴローギンを待ち、マリヤはスタヴローギンが五年の旅を終えて入って来るのを待った。この、待つこと、はまるで振戦発作の極が硬直であるように彷徨の発作の極で、発作が弛緩するとたぶん彷徨い出すのだ。つまり、顰蹙のマリヤの、足の悪い滞留はしかも五年の旅を共にしていて位置づけられないのであり、太陽をスタヴローギンとして扱う呪術の失調を(現実にならない眼状紋の威嚇を)発作を以て保存しているのである。  更には、顰蹙の、足の悪い、不寛容のマリヤは、袖触れ合う隣人の振動、韜晦、暗闇に石を投げ入れるように叫び、金切り声と高笑いが辛うじて単語らしい音節になる、グリーシカ・オト、レーピ、エフ。太陽がスタヴローギンに変わってしまう振動を、足の悪い滞留(彷徨)や、金切り声と高笑い(グリーシカ・オト、レーピ、エフ)が保存する。それは、スタヴローギンがグリーシカ・オト、レーピ、エフに変わってしまう振動を蜻蛉を切って前触れている。

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