碧空464 過ぎ去っていない現在の闖入、局地的衝撃
464 過ぎ去っていない現在の闖入、局地的衝撃
賭博場で唐突に泥棒呼ばわりされることでドルゴルーキーに降りかかった輪郭喪失は、キリーロフが部屋のへこみに奇妙に小難しく(すなわち、目には見えない痙攣を以て)突っ立っていたように、門と塀の間の窪みに身を屈めることを以て発作的に模写される。トゥシャールの家でまるで殴りつけられるように異形のものとして呼び出され差別されていた頃の、秘めた二重人格の窃視と優越と陶酔の再発である。(「未成年」ドストエフスキー)
この、ドルゴルーキーが透明になる初期化は放火ではなく、全天を蔽う星屑で、そのために鐘の音、トゥシャールの家の筋向かいにあったニコラ寺院の、濃い重いなだらかな鐘の音が降りかかるのである。
門と塀の間の窪みにうずくまった輪郭喪失は、九日間の擬死発作を経て、墓穴のような屋根裏部屋ではなく、その下の、いつもとは違う気配がする別の部屋でもう一人のドルゴルーキーを発見することへ導かれて再発する。この誘導は、まるで顕微鏡が見えない微小なものを極端に一気に拡大して見せるように、アルカージイ・マカーロヴィチにマカール・イワノヴィチを一気に呼び出して見せたのである。
そこには「髪が真っ白で、ふさふさと銀のように白いあごひげを生やした一人の老人が坐っていた」。低い椅子に腰かけて、まっすぐに背筋をのばして、シャツの上に毛皮外套をかぶって、膝を毛布でつつんで、足にはあたたかい室内ばきをはいていて、背丈は大きいらしく、肩幅がひろく、いくぶん蒼白く、病身で(やせてはいたが、変に元気そうで)、顔は面長で、髪はさほど長くはないが豊かで、年齢はもう七十を過ぎているらしいが、束の間の凝視でアルカージイ・マカーロヴィチをすっかり見抜いたらしく、「不意ににこっと笑った、しかもしずかに音もなくその笑いがつづいた」。というより、笑いはすぐ消えたが、明るい楽しい笑いの痕が、顔に、特に目に、びっくりするほど青いきらきら光る大きな目に(しかし、老いのためにむくんだ瞼が垂れて小じわだらけの目に)残ったのである。
それは、ドルゴルーキーであってドルゴルーキー公爵ではなく、マカーロヴィチであってそうではない、そうした輪郭喪失を模写する笑いの、揺るがぬ静寂、あるいは笑いの痕の静けさというより、限界が揺らいでいるマカーロヴィチを走査するマカールの瞳孔が顔の大きさに拡大、拡散して青くきらきら光って退いたのである。


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