碧空482 隠れなさ
482 隠れなさ
「テレザにはあらゆる物や人びとが変装しているように思えた。古いチェコの町はロシアの名前でおおわれていた。侵攻の写真を撮ったチェコ人たちは知らず知らず秘密警察のために働いた。彼女を死なせるために送った人間は顔にトマーシュの面をかぶっていた。警察は技師の名で登場し」、逃げるように捨てたはずの「母親の家庭は全世界へとひろがって」いて、つまり、母の大きな顔と呼ぶ声と朝の光である「強制収容所」は神の気配のように姿を晦まし、何もかもが隠れない。この、守護されるように脅かされている隠れなさは、嫉妬発作にも変奏される。トマーシュと(テレザとは違う顔の面をつけた)女に分割された気配に覗き込まれて、その窃視がイヌのようにつきまとう。イヌがつきまとうのは、テレザが口唇と肛門を両端とする管の蠕動の変装であることが嗅ぎつけられているのに、テレザは思い起こせないからである。
テレザの顔が代表するテレザの身体は折々の身体を代表する鏡像と鏡像の間に種のように出現しては不断に解消する平均値であり、その法則的に予測されるテレザの身体の出現は、テレザを代表するペルソナとペルソナの間を心臓のように貫く基底(心)を占めている。つまり、この心は場所となって潜伏していて、内在するように外在するが解離している。しかし解離しないで、心があふれ出してしまう隠れなさに、心臓が皮膚になって露出して鼓動を打つような生体反応のひとつが嫉妬発作である。陰謀と追跡の気配の場合は、盗まれた覗き穴を通して何もかも意味深くテレザを追い詰めて来るのにまるでテレザに降りかかっているようではないかのようにテレザは隠れないが、嫉妬発作の場合は、盗まれた覗き穴を通してテレザが覗いたのにテレザを探しているようではないというふうにテレザは隠れない。誰も見たことのない幽霊を見つけたのに(つまり、それは極端に私的であるのに)私を探しているようではないといった不思議な悲しみの場合も、それが何か妙な悲しみである限り、喪失している覗き穴を通して(それが盗まれているとは知らぬままに)見つけたのである。
ここで、覗き穴とは、内在するように外在する心である。その内在・外在が解離する限りで、覗き穴は「私」に属するが、解離しなければ「私」というものの自由、孤独、思考は利かなくなる。それが、隠れなさである。内在・外在が解離した覗き穴(心)を通す限りで意味あるものの、その意味や価値も、盗まれた覗き穴を通して覗く限りで盗まれていることになる。


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