碧空483 中毒、転移発作的解毒
483 中毒、転移発作的解毒
トマーシュはまぐわう女の、顔や指紋のように千変万化する生体反応を列挙せずにはいられない。それは、霊的形式に昇格する生体反応の抽象や理想に昇格する典型としての生体反応を探しているのではなく、個々の生体反応に思いがけなく刻印されている歪みの標本採集を次から次へと更新せずにはいられない中毒である。
トマーシュは千変万化する歪みの、その歪みが誰も見たことのないもので、目の当たりにしている歪みに見つけた密かな意味と価値が盗まれているとは感じないが、つまり嫉妬にふるえるのではないが、生体反応の具体の思いがけなさにつきまとわれているのは、その千変万化が蓋然的で予期の範囲だからである。この予期は不随意のものであるから、実はトマーシュは隠れない。この隠れなさに被曝して、トマーシュの生体反応は嫉妬発作でも被追跡発作でもないが、発作的に責める運命に覗き込まれているのである。
トマーシュの、この発作的に自由、孤独、思考を盗まれる隠れなさに引き据えられた中毒では、オイディプスが実はそれが思いがけなくも産みの母とのまぐわいだとは知らなかったとしても漠として不随意に予期されていたように、覗き穴の能所も、罪と罰も解離していない。
トマーシュは、隠れなく浅ましがることと密かな意味深さの間、隠れなく塵であることと密かな探索の間を腑分けできなくて、窓越しに隣りのアパートの壁を見つめて立ちおどむ。それは器官を延長して思う存分に振るう外科医トマーシュではなく、内在して潜伏しているはずの心が外在して潜伏している気配に、プラハの被監視状態とは別の次元で隠れなくなって面食らっているのである。
トマーシュの中毒症状は、テレザを同毒療法的に巻き込む。隠れなさの度忘れ状態と引き換えに、その度忘れ状態を埋め合わせるように、テレザの身体に「流された貴種」であることの隠れなさが転移発作的に顕れ、誰と入れ替わったのか分からない復活のように忍び込む。


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