Sunday, November 02, 2014

碧空485 嫉妬―折檻、被監視―拷問

485 嫉妬―折檻、被監視―拷問  つがいの一方は車を運転している若い男を演じ、もう一方はヒッチハイカーの女を演じる誘惑の遊び(「ヒッチハイカーごっこ」M.Kundera )では、二つのそこにいてそこにいない存在が、その二つの覗き穴を通してそれぞれ嫉妬に駆り立てられてしまう。二つの覗き穴の位置の効果は、覗き穴の能所が解離しない状態を位置づけることである。手元の覗き穴は能所を解離するが、もう一つの覗き穴は盗まれた覗き穴としてはたらいて能所が解離しない。見馴れたペルソナに打ち消されて(しかし密かに潜伏して)いた思いがけない(というより何か密かに欺かれていたような)ペルソナを見つけて拡大、占有しているのは「私」なのにそのペルソナは「私」を探しているようではなく、この、宙に浮いてしまう嫉妬発作の、その息どおりは、位置づけられる限りで憎悪や怒りに変質し得る。  つがいの若い男の方、この誘惑の遊びを若い女の方に仕掛けた方は、何処へ逸れようとしても「遍在する魂」につきまとわれている。すなわち、監視と密告と盗聴の(能所が解離しない)「強制収容所」の隠れなさから脱け出せない。「厳密な計画経済の陰鬱な影が」遍在していたからである。恋人と過ごす休暇などもなんら解放でも冒険でもなく、だから、信用状態にあるペルソナ(諸々の要請)を外して、打ち消されていたペルソナ(casual sexが代表するようなペルソナ)を面白半分につけてみるが、外したはずのペルソナは肉づきになっていて単に鬱から躁状態へ移ったに過ぎない。覗き穴が盗まれることの症状も、被追跡、被監視状態から嫉妬発作に変わっただけなのである。  男は嫉妬から、打擲、折檻して憑いた狐を女の体から叩き出そうとするかのように誰にでも体をひらくペルソナを執拗に女に押しつけることに駆られるが、これは、監視と密告と盗聴の(能所が解離しない)「強制収容所」で拷問にかけることに駆られる図に酷似している。男の面白半分から、男が逃れようとしたものに浅ましくも反転して陥ってしまうことが図らずも起こっているのである。

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