碧空517 逃げ場のない気配
517 逃げ場のない気配
不眠症であることで、深夜、窓越しに双眼鏡を通して覗き込むのだとしても、舞台装置じみた黄色い街灯が照らし出している通りや家並が一気に拡大して迫ることは、出来事でも認識でもなく、認識されたというような吐息がかかる媒質変化である。
この、拉致じみた被監視は、「第三種接近遭遇」(「不眠症」S.King)と報告されるかも知れないが、それは、何か生命のような歯応え(rebound) にぶつかるのである。生きていてそこへどうしようもなく引きずり込まれていくようだが視野から消えている穴の気配、不断に迂回し、回避しているのに蔽いかけている眠気のような、何か吐息のような前触れ、蔽いかけているために守護するかのようだが脅かしかけている。それは何か。恐らく、せめて巨大な災厄や観念として正体を突き詰めずにはいられない。
日常は逃げ場のないことへの抵抗であるが、それとは知らない。反抗の核は「私」というものであり、「私」は解けるが、それは死ではない。というのも、死体の場所としての死は死体を輪郭づけ現実にする限りで生体の比喩だからである。つまり、生体は死の如くであることが化であり、これが漠として逃げ場のない気配である。
日常性は、この逃げ場のない気配を消している。しかしそれは、逃げ場のないことを免れているというのではなく、隠れなさに狼狽して目を瞑って身を隠すようなものである。


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