碧空524 「運命に反発する運命」式
524 「運命に反発する運命」式
「運命に反発する運命」式の精神は、「真ならば偽、偽ならば真」式に輪郭がおかされていて、運命に反発するならば服従し、服従するならば反発する。
そもそも、運命は本能のように命令すると同時に服従する。しかも、この、命令と解離しない服従は即興であり、意図と偶然が解離しない。どんな運命も、その具体(服従)は運命に逆らうことが運命であるような運命の媒体として顕れ、運命は場所となって潜伏してタイム・スリップする。運命を映し出すのは媒体であって、場所ではない。
最古の技術革新は生殖であるが、媒体としてのDNA は、どんなに即興的、反抗的であっても場所となって潜伏した命令としてのDNA の媒体である。どんなに逸脱した器官の延長にも種の関心がかかっていて、技術革新と分業の細部に予定調和的全体が出現するや一気に収縮して細部に後退する。
「通りかかったお年寄りの女性をおんぶし、左手にはもう一人の女性を抱きかかえ・・・高台にある熊野神社を目指した・・・遠くから地鳴りとともに、バキバキと木が折れる音、「プシュー」というガスが漏れるような不気味な音が聞こえ、焦げ茶色の波がみるみる町を覆っていった・・・そんな時、口から泡を吹き出しながら流されてきた五歳ぐらいの男の子を助けた。割れたガラス窓から寒風が吹き込み、自分の吐く息は白かった。男の子からも白い息が漏れていた・・・」(「151 Alien、龍、監視カメラ」2011,03.11 東日本) これも、まるでシルクハットから白鳩を出して見せるようで、呼びかけずにはいられない言葉が分からないにしても、呼びかけられずにはいない。どんなに私的で片隅であっても、私的であることも片隅であることも取り消されていて隠れないのである。
オイディプス的とは、こうしたトリックである。


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