碧空528 眠気のように蔽いかけるメランコリー
528 眠気のように蔽いかけるメランコリー
本能も運命も自由が何であるか分からなくする。「暗黒の塔」(S.King)を探索する四重奏が「陽射しが陰にとって代わられるように」迫ると被監視状態を報告するように、「陽射し」が代表する自由は陰るが、その変容は変脱でも蝉脱でもなく、鎧っている自由が解けようとするのである。
追い詰められた義経や弁慶の、何百年も前の奮闘を物語ることになる常陸坊海尊も「陽射しが陰にとって代わられるように」生きられていて「私」というものとは何か違い、何かひどく年をとっていて、しかし長寿とは何か違って何か二重で、何か飛躍がある。
それは、探索する四重奏の合流の混乱のように、自由や寿命や真偽が何であるのか分からなくなるように自発、可能、受身、尊敬が収斂して生きられるのである。
ところで、探索は、隠れていたものが顕れる効果に導かれているかのように隠れなさに飽くまでも抵抗して覗き穴を保持する傍ら、不眠症に何か遠く包まれている。そんなふうに、Dracula の痕跡を追跡するようにおびき出されている図は、Dracula のメランコリーが「陽射しが陰にとって代わられる」ように生きられるのである。
K(F.Kafka )の追跡でも、隠れているものは不透明で、極大や極小に偏して不可視であるが、眠気のように蔽いかけるメランコリーは、追跡と失踪の区別をおかしてしまう。その探索は、奇妙なことに、謎解きから遠ざかっていく。


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