Sunday, May 10, 2015

碧空548 基督教紀元の今年の8月12日(浮雲とテロ)

548 基督教紀元の今年の8月12日(浮雲とテロ)  「My Side of the Matter」(T.Capote) の、「ぼく」の身重の花嫁の親族の出現の、その聖書ばりのユーモアと、その、包囲と陰謀の(慈悲なのか悪意なのか見極めのつかない)テロリズムは、「A Tree of Night 」の、旅芸人の闖入の、Jesus Christばりのグロテスクとテロリズムの転生である。矛盾した命令(複合)の症状が転生するように、媒質変化した大気も発作的に転生するのである。  アラバマ州アドミラルズ・ミルと呼ばれる、道路の穴っぽこみたいな町(人口 342人)ともかくも一つの場所に捧げられた「ぼく」の身重の花嫁マージ、その母ユーニス、ユーニスの妹オリヴィア=アン、石炭みたいに黒んぼのブルーベル、明けの明星バプティスト教会の説教師シェル、医者のA.N.カーター、郵便局長デランシー、それからタッバーヴィル、それから、ミセス・ハリイ・ステラー・スミス(これは、ユーニスがペンサコーラから来た万能薬を作る女からもらったカナリア)は、基督教紀元の今年の8月12日と限定したとしても、まるで浮雲じみて、捧げられたグロテスクな出現と成行きは、何か目じるしになるのだろうか。  これは、「A Tree of Night 」では媒質変化の発作的な模写が戦慄であるために南部の大気は薄気味悪く迫るのであるが、「My Side of the Matter 」では笑いに転生していて、アラバマの大気が滑稽であるかのように修正されているのである。ケイこそは浮雲を目じるしにする19歳の旅芸人であることが発覚するように、16歳の「ぼく」も浮雲に捧げられている。まるで「ぼく」が身重であるかのように。(ちなみに、16歳の身重の花嫁マージの、アラバマの大気と浮雲とテロに面して黙っていない才能とは、fainting dispositionである)

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