碧空549 ティファニーの静まり返った秘密
549 ティファニーの静まり返った秘密
ミセス・ホリー・ゴライトリーはカナリアの名前ではなく、入れ子状態の箱の中の最後かと思われる小箱を開けると安住の地が現れると思うが故にいつまでも重力の源泉に引き寄せられ導かれながらも辿り着かない旅芸人の名前である。というのも、最後の小箱を開けることは禅坊主の「喝」のようなもので、それはいつも最後の小箱ではなく、もう一つの小箱を蔵していて後退するからである。つまり、ミセス・ホリー・ゴライトリーは日々の禅問答のように擬態疲労して浮雲を目じるしにしてしまう旅芸人であるが、飽くこともない。だから、眠りたくなし、死にたくもなく「大空」を旅するのであるが、それは中間突破することではなく、真偽がどうでもいいのではなくなると(すなわち、擬態の気配を消すと)「喝」を浴びるように、自由自在、無礙というよりは何か脱け出せないのであり、ティファニーの静謐の秘密は、ティファニーの豪華とメランコリーと誇らしさのたたずまいが安住の地のようで何も悪いことは起こりそうにないが尚も「小箱」が眼状紋のように隠れていて、それが密かに、ミセス・ホリー・ゴライトリーが鎧う自我を脅かしていることなのである。ミセス・ホリー・ゴライトリーの、次の小箱を開けずにはいられない飛躍(というよりは遁走)の強迫は、fugue(夢遊的失踪)のように記憶喪失状態ではないが、その、小箱を開ける履歴改竄は何か救済じみてもいる。催眠術にかかったように通りかかる旅芸人としてのJesus Christの青い水脈に属するリズムではある。(「Breakfast at Tiffany's」T.Capote)


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