Saturday, July 25, 2015

碧空576 幽霊性のparamorph

576 幽霊性のparamorph 16-1 タイム・スリップしたらしい。第一次世界大戦後のドイツらしく、立ち込める空気はインフレそのものであるが、タイム・スリップした場所は、或るゴルファーがバンカーから球を出そうとしてエクスプロージョンをおこしている、その瞬間を撮影した或る写真の正にその現場だ。その静止画像の直後の成行きをつぶさに私は窺っている。ゴルフも切り詰めた設計の中でなんとか行われているらしい。後ろ髪がかなり長い男に私は跟いていく。変に安堵して。 16-2 デパートを彷徨った末に、秘密のドアの向うに下の階へ降りられる秘密の穴を見つける。石田と矢島が、垂直に下る梯子を先に降りていった。自分もおそるおそる続こうとするが、何故か松葉杖を二本もついていて骨折しているらしい。降りられるだろうか。先に行った二人は途中で跳び降りたようだから、秘密の梯子は下まで続いていないのだろうか。 16-3 昼間で目を覚ましているのだが、夢を見ている。長い汽車の旅に倦みながらも、なおも窓の外を単調な風景が流れる。  時間が極端に拡大した静止画像とは逆に、時間の極端な圧縮はタイム・スリップであるが、この極端な膨張と収縮は区別がおかされている。場所と場所の場所(意味)との区別がおかされた、この瞬間は、鏡にDracula ではなく部屋が映ってしまうように、鏡に映るとすればそれは場所ではなく意味深さである。物が最終状態を即興的に映し出す媒体であるとすれば、場所は時間を即興的に映し出す媒体である。この時間は場所を陽画にし場所が縁生するための陰画であり、種の関心であり、漠とした含蓄(奥行)なのである。  夢も、このようにして意味を映し出す鏡である。16-1は、「夢」というものの葛藤を映し出した夢である。「夢」というものは、罪が顕れずにはいないような責め(責め苦)で告解的であることと、極端に私的で隠れなさに抵抗して黙秘的であることとの間に振動している。顕在化したものの極端に私的な意味しかもスピリットが大気のような媒質になって蔽いかけるのである。  16-3は、日常の白色光性、一般であることの予定調和性が実は私的な覗き穴に支配されていることの矛盾を映し出している。物/場所、場所/意味が解離しない裂目(眼状紋)に被曝すると、それが解離している日常の歩行は困難になり、どうやって足を踏み出して歩いているのか分からなくなって(水溜りに映った深い空にうっかり踏み込んでしまったように)思わず跳躍してしまう。  16-2で先に行った二人は梯子の途中で飛び降りたのではなく、それは、行方知れずになった輪郭を余計な贅肉や筋肉となって或は衒奇ともいえる外延的付加物や衒奇そのものの苦行を以て探すような彷徨ではなく、秘密はおろか梯子ですらなく、しかも秘密の梯子の思いがけない出現に、場所を陽画にする時間に追い越されるような追いつくような、最終状態が先立つような、分身に出くわすような、漠として広がる長方形の対辺の区別が二重におかされて浮かび上がるドーナツ体の重力の(落下のような安堵のような)気配がするのは、白色光性に照らし出されているのではない。

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