Thursday, July 30, 2015

碧空579 何か過ぎ去っていない現在

579 何か過ぎ去っていない現在  「the sense of some presence」の神秘は「And Then There Were None」(A.Christie)では、双子や二重性のトリックを駆使するミステリに零落するが、同じようにして誰もいなくなる「Hamlet」では、双子や二重性のトリックではなく、意図されてはいないかのように入れ替わることに導かれることになる。媒体性は陰謀の気配、寄生の気配や奇形嚢腫の気配、蔽いかける眠気や狂気といった媒質性に変装して「私」というものを脅かし、誰もが他の誰かの器官の延長となって入れ替わる。有性生殖のただ中で過ぎ去っていない現在とは、発芽であるが、それが個の輪郭を脅かす奇形嚢腫のように余計なものの気配として嗅ぎつけられ、事故のような(しかし何かまるで意図されたかのような)不随意の入れ替わりに導かれて、皆殺しに排除される。  何か過ぎ去っていない現在は、神経症の奥行、異様とも衒奇ともいえる含蓄「the sense of some pregnancy 」でもあるが、誰もいなくなる「Hamlet」の惨劇は、有性生殖がその分業を取り消して誰もいなくなる(ように出現したスピリットが潜伏してしまう)神経症といったふうだ。

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