碧空588 正体の不断の遁走
588 正体の不断の遁走
命令が潜伏していることが漠として疚しいと感じられる(the sense of some guilt )のは、命令というものは解かれなければならない問であるのに未だ解かれていないからである。
P.Austerが、「The Art of Hunger 」に分類して遺した数々の断章も、漠とした(しかし否応ない)関心が嗅ぎつけた方面(現実としての様々な形態の断片)を素材にして、一つの断章が現実になるためのスピリット(影)を解き明かそうとしてもう一つの断章が現実になる、そのような即興を通して夢式に場面転換し、接続し、変容するparamorph なのである。仮初めに先立つ断章がしるし(影)となって、その意味は次の断章となって継がれる。それは、元来た道を引き返すのに先ず靴紐を一から結び直そうとして、結び終わると黒い靴が黒い鞄に変わっていてはっと驚くというふうだ。
黒い靴の意味は黒い鞄であるということは、黒い鞄のスピリットが黒い靴なのである。黒い靴が黒い鞄に先立つかに見えるのは、黒い鞄を現実にする影(霊性)が黒い靴だからであり、その限りで黒い鞄は黒い靴の意味なのである。それは、覗き返されるような(意志のように点火する狐火のような)意味の出現である。
黒い靴と黒い鞄が解離しない限りでは、黒い靴も黒い鞄も寿命が短か過ぎて一体物なのか場所なのか、意味なのか言葉なのか区別がおかされている。断章という断章が遡上や下降を突き詰めて「私」というものが大気や闇のような媒質になるまでに肥大すると宙返りして誰でもなくなる、といったように正体が不断に遁走しないではいないのである。そして、この遁走は、彷徨にも、生長や増殖にも見える。


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