Sunday, August 23, 2015

碧空594 決定的瞬間の、ホロコーストの気配

594 決定的瞬間の、ホロコーストの気配  決定的瞬間には、覗き穴の能所が蜻蛉を切って入れ替わる。Hopperのように、ゴーストのかかったNew Yorkの片隅に面して、みひらいた裂目(媒体性)に面して、目をひらいて見るというより空気や闇やポンペイの大気のような媒質になるまで拡張してしまって、言語は言語が媒体であることを(それと知らず)使いこなせなくなる。決定的瞬間の、その「誰かが話す」腹話の気配は、この失語・沈黙から藻掻き出ようとするのであるが、目をみひらいた片隅が何か違うように、何か違う声が口から飛び出すようでギョッとする。  法治国家USA の一隅の法的文脈に限界づけられた世俗の葛藤シーンも、単なる窃視ではなく、ズーム・アップする極で覗き穴の能所が入れ替わって隠れなくなるwitness の、その決定的瞬間では、隠沼であり、その媒質は一気に微塵と化す寂漠である。  こうした決定的瞬間のホロコーストは、統計でしかない大量虐殺とは何か違う。場所を占める出来事ではなく、誰もいなくなる沈黙であり、物自体である。「the Jewish are nowhere」に変換されるようなミステリであり、双子や二重性のトリックが潜んでいるはずである。  ゲルマン民族の雑種性を現実にする陰画がユダヤ民族の純粋性であるが、ユダヤ民族を根絶やしにしようとする試みは、ゲルマン民族の雑種性をうやむやに抹消しようとするのである。まるで雑種性が宙返りして純粋性に入れ替わるのではないかとでもいうようだ。純粋性が亡霊でしかないからこそ、それは猛威をふるったのである。  こうした論理錯誤も、そもそも純粋性が雑種性に優越するとする決断も、横断である。それは、混沌に断面をつくる次元の減衰であるが、純粋性を守護するように、雑種性が純粋性の最終状態(陰画)として純粋性を縁生させる、そのようにして純粋性が亡霊であること、そうした奇形嚢腫の気配がホロコーストの気配に変装して姿を現すのである。

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