Monday, August 17, 2015

碧空590 「And Then There Were None」の腹話

590 「And Then There Were None」の腹話  「City of Glass 」(P.Auther)では、New Yorkがガラスを素材にしているというのでもなく、また大都会がガラスに映し出されているというのでもなく、New Yorkこそはこの大都会を現実にするスピリットを映し出す媒体であるように、Quinn の、William Wilsonと呼ばれる奇形嚢腫の中のもう一体がMax Workと呼ばれる更にもう一体の奇形嚢腫を孕み、この、更にもう一体の奇形嚢腫を極端に私的な覗き穴にして腹話するWilliam Wilsonの、その腹話術に管を通されてしゃべり出すMax Workこそが、呼吸するQuinn を現実にする。親体であるはずなのにQuinn はzo-oid(子虫)状態を映し出す媒体である。  この、剥き出しになった位置異常(ectopia )を、Max Workは「Quinn was nowhere 」と報告する。Quinn とWilliam WilsonとMax Workの三つ組は解離した人格ではなく、zo-oid状態が霊的命令として発芽の記憶のように先立つかに見えるが、正体は遁走し、寿命は極端に短く、奇形嚢腫の気配に変装した「the sense of some presence」の、その媒体性は、ventriloquism の気配にも変装している。  腹話術に管を通されたMax Workに呼び出された「Quinn was nowhere 」(すなわち、場所を占めるものと場所との区別がおかされた(落下とも安堵ともつかぬ)ectopia )は、「And Then There Were None」の腹話である。

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