碧空614 奇形嚢腫の系譜
614 奇形嚢腫の系譜
アウシュビッツにはカノンがかかっている。バーソロミューの帽子を次々と取り除いてもバーソロミューの帽子が出て来るように、踏み潰すそばからユダヤ人が出て来るのであり、根絶不能であることに圧倒されている(もしかすると、圧倒されていたい)のである。女体から狐を叩き出そうとして打擲するがますます狐を打ち込んでしまうような瞋恚、あるいは、物自体に息がかかってしまわないようにそうっと窃視するような苦闘にどこか気配が通じている。
釘づけの磔刑の十字も、「Little Nurse」のような覗き穴の断面に次元減衰する。解が問を代表する化ではなく、問が解を代表しようとして解/問が解/種(解と問の解離)に零落するのである。霊的なものが平均性に零落するのであるが、解は正当性を鎧う。解と問が解離しない化の、その霊的なものの潜伏は漠とした疚しさであるが、個々の解を現実にする種の潜伏は漠とした正当性なのである。正当性を鎧う釘づけの磔刑の十字は平均性の更新のために不断に他の誰かを要請している。
しかし、ヤーウェにアブラハムが呼び出しを食らうような沈黙に釘づけの磔刑の十字が呑み込まれるならば、Jesus Christが誰に入れ替わったのか分からない、その瞬間凍結は絶対の突出であり、平均性や正当性の範疇からはぞうっとするほどに懸け離れている。この懸隔は対立ではなく、「世界が終わっている!」発作である。それは、ゴーストがかかるのぞき穴を発作的に模写している。


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