碧空619 もう一体の発芽
619 もう一体の発芽
しかし、Fanshawe(「The Locked Room」P.Auster)には、或る容疑がかかる。「駆り立てる力に滅ぼされる」というような逸話になろうとしてFanshaweが完璧に地下に引きこもっても、その逸話の漠とした含蓄の気配を(twice-toldの沈黙を)解凍する「誰かがいるはずだ」という衝動的な信頼と予期に駆り立てられていないか、と言う容疑である。
しかしまた、「誰かがいるはずだ」という予期は種の関心であるから、「誰かがいるはずだ」という問を代表する解の一つとして、他の誰かを要請しないFanshaweと呼ばれる地上のものが同時に地下のものであるアンチノミー、一般性が保持されない突然変異が降りかかろうとして頓挫するのである。
こうした頓挫が、後ろ手に組んだカントを地上の散策(彷徨)へ誘うのである。何故彷徨うのか。媒体であることの(解かれなければならない問としての命令が解となって出現すると同時に潜伏することの)隠喩性を、漠とした目的の気配を、発作的に模写しないではいられないのである。
「誰かがいるはずだ」という予期がもう一体の「誰かがいるはずだ」を孕んだ水頭症(奇形嚢腫)は、他の誰かを要請するあまりにもう一体が発芽してエコーしてしまう。それは、他の誰かを要請する言葉が、twice-toldの沈黙を孕む如くである。Fanshaweがドアを出る決定的瞬間の失踪も、こうしたもう一体の発芽であるが、それは他の誰かに入れ替わってしまうことであるために行方知れなくなるのである。
Fanshaweの痕跡を辿ることは、地下へ下降しながら、Fanshaweがあちこち思いがけない場所に潜み出すことで、Fanshaweの痕跡を辿る、その足元から這い上がって来る気配に入れ替わってしまいそうで、思わず胴震いして振り払いたくなる。取り憑かれそうで(タイム・スリップしそうで(記憶喪失になりそうで)抵抗するのである。


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