碧空630 生まれ変わりの半頓挫
630 生まれ変わりの半頓挫
解かれた(問としての)命令はもはや命令ではなく(解としての)現実であり、命令は命令である限りで、解かれなければならないがまだ解かれていない問、漠とした不正義に疼いている。この地下的な命令が解かれるのではなく、その命令そのものが解かれないままにまるで地下から藻掻き出てしまう苦悶が、金縛り状態である。命令が現実になることは命令ではなくなること、現実は服従の運動であるのにまるで命令そのものが飛び出してしまったとでもいうようなエラーである。
「male and female versions of the same person 」は、解としての個が更に二つの解をもつ問であるということである。この個は、解として出現しているか問として潜伏しているかであるが、この離接が合接と混同されると、Adam Walker とGwyn Walker は奇形嚢腫の如くであり、嚢腫の中のもう一体であるzo-oid状態であるが、性別を反対にした mirror-image versionである。覗き穴が取り消されていて、露出が窃視の鏡像であるように覗き穴の取り消しは何かを反対にする。
嚢腫の中のもう一体であるzo-oid状態は、twice-bornといったふうだ。つまり、いつまでも生まれ切らない。解かれたはずの命令が種の関心のままに現実であろうとする金縛り状態なのである。AdamとGwynが思春期に一度限り輪郭をおかさんばかりに体をからませ境界をなくさんばかりになぞり合いはするものの挿入はしない「実験」は、解かれないままに藻掻き出た種の関心の金縛り状態で、AdamとGwynは有性生殖の練習をしているのではなく、有性生殖が薄氷かガラスに閉じ込められているのが見えるのである。これは、有性生殖の鏡像(zo-oid状態)である。解としての有性生殖の、その具体が目に見えない有性生殖を目に見えるようにする(映し出す)媒体、というような生まれ変わりではなく、有性生殖の、その目に見えない命令が目に見える具体にならないが薄氷かガラスに閉じ込められているのが目を凝らせば見える、とでもいいたくなるようなエラー、生まれ変わりの半頓挫(半具体)である。
この漠とした不正義の疼きは、それ自体が命令となって、繰り返しその解を変奏してA.Walkerと呼ばれる症状を支配することになる。(「Invisible」P.Auster)


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