碧空641 the possible、a possible、impossible
641 the possible、a possible、impossible
A barren field stretched out before me,a barren,dusty field cluttered with gray stones of various shapes and sizes and scattered among the stones in that field were fifty or sixty men and women,each holding a hammer in one hand and a chisel in the other,pounding on the stones until they broke in two, then pounding on the smaller stones until they broke in two,and then pounding on the smallest stones until they were reduced to gravel. その、複雑に脈打つように重なり合って、蝉などの生物が出すには余りに大きな音は、五、六十人の黒人の肉体の群がりに太陽が酷薄に照りつける音のように聞こえる。(「Invisible」P.Auster)
照りつけて音を出すだけでなく、石が二つに割れるように肉体も二つに割れ、肉体が分割されるようにAuthorはGwynとAdamに分割され、解ではなく問としてのAdamは生贄としてのAndyと生贄であることを度忘れしているAdamとに分割され、con-science は意識と正義に分割されて転位し、Adamの二重性はR.Bornのdouble life を暴くがtriple life ではないとは証明できない。Authorはそもそも何が分割された片割れなのか。その叫びは別の叫びが口から飛び出しているのではないのか。
the possible(解かれなければならない問としての目的)は、a possible(一つの解)を具体として映し出す場所としての種に進化(零落)する限りで現実になるが、the possible そのものが現実になることはない。the possibleを現実にすることはa possibleに化けることであり、the possibleの媒体としてのa possibleに打ち消されてa possibleの媒質となって潜伏することであり、the possibleが現実になろうとするとa possibleを現実にしてしまう、というようにimpossibleに面して驚くのである。それは、思いがけない(しかも予期されていた)具体に面して、その次元減衰した断面に驚くということでもある。
註1 長方形の最も懸け離れた点を同一視すると浮かび上がるドーナツ体でたとえれば、その同一視を解除することが次元減衰なのではなく、逆に、長方形がthe possibleに対応し、その次元減衰した断面に対応するのがドーナツ体である。
註2 長方形としてのauthorはドーナツ体(虚構)に次元減衰して、ドーナツ体の媒質となって転位する。narratorとなって潜伏するのであり、息がかかってしまうほど(恥ずかしくなるほど)身近くドーナツ体を窃覗し、何もかも知っているかの如く導き、しかも導いてしまってはじめてはじめから知っていたとでもいうように致命的におどろくのである。
註3 科学は自然(a possible)の媒質であり、narratorの変装であるが、the possibleも自然と呼ばれている。


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