Tuesday, December 15, 2015

碧空669 本当らしさの出自

669 本当らしさの出自  物の希少性に応じて序列を決め、贖うのに要する貨幣の量(手に入れるための器官の延長)と反比例的であるかどうかは、差し当たって種の関心(有用性)と正比例的であるかどうかにかかる。誰もが欲しがるのに希少であれば価値は眩惑的に膨れ上がる。ところが、一般的な興味から大きく外れているのに時間や労や金を惜しまないような、憑かれている場合がある。狂っているのかも知れないが、実は本能的衝動に属する実験なのではないのか。それどころか、この世の本当らしさの出自ではないのか。  一般性の追求は問としての試練であるが、その解としての試練、種、「私」、日常、資本主義経済といった、それら本当らしいものに於いて一般性が猛威を振るうのは、その本当らしさの出自こそは本当らしさを脅かすもの、打ち消したいものだからである。  記憶喪失は「私」というものを脅かすが、「私」というものの存在を本当らしくもし、脅かされたmemoryが打ち消したがるmimicry こそはmemoryの存在を本当らしくする出自である。

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