碧空670 問としての記憶、解としての記憶
670 問としての記憶、解としての記憶
解としての記憶が、解かれなければならない問としての記憶の媒体であること(化)を打ち消そうとして問と解が解離するならば、問としての記憶は解としての記憶の媒質となって潜伏する。解としての記憶が問としての記憶を映し出すのではなく、この媒質が解としての記憶を映し出すかの如くになる。この転位がmimicry であるが、解離しないならば、記憶は不随意に襲いかかる。これは、記憶というものが脅かされ、おどろくのと区別がつかない。
memoryの存在は、mimicry を出自として問から解へ転位しているが、それが、解としての存在から問としての存在へ不随意に覚醒するのである。


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