碧空682 半ばこの世のもの
682 半ばこの世のもの
媒体としての言葉や貨幣は、この世のものというよりは、半ばこの世のものである。死のように、この世のものとして目一杯に引き伸ばしても一気に収縮して、その意味や価値の実現は跡形もなくなる。そうした瞬間は、この世の具体が占めるのでなく、半具体に属する。
この世のものが占める場所の延長は、この世のものが、半ばこの世のものに移るのである。この世のものは種の関心の解であるから役に立つものとして予期されているが、半具体は何か別の思いがけない意味や価値を探すかに見える。
Jesus Christが識別し難いのは、半ばこの世のものだからである。救世主は、この世のものとしてはこの世に入り込めない。死のようにこの世の延長、半具体の媒体だからである。救世主と隣り合わせたというような目撃証言は、この世の出来事や単なる器官の延長を扱っているのではない。


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