Tuesday, January 12, 2016

碧空688 原初の失語状態(即興の衝撃)

688 原初の失語状態(即興の衝撃)  原初の失語状態は原初の言葉であるが、範疇が使いこなせないのである。  「ぼくはこれまで、自分が住んでいる住居の、あるドアに注意を払ったことがなかった。それは、寝室のなかの、隣家と接する壁にはめこまれたドアだ。ぼくはこんなドアについてなにも考えたことがないし、そもそも気づきもしなかった。だが、それはよく見えているのだ。下の方はベッドに隠れているが、おそろしく高く、ドアというより、ほとんど門扉のように聳えている。」(F.K 断片)  それが昨日開かれた。たまたま別の部屋で昼食をとっていると、その物音は始まり、いそいで駆けつけると、ドアがゆっくり押し開けられ、それにつれてベッドが巨大な力でずり動く。意外にも、隙間からするりと入って来たのは、ほっそりした青年だった。  まるで未知の自然に唐突に呼び出しをくらって唖然とするというふうなのであるが、「予言を成就するため」というようでもある。この痩身の青年はもう一人のハンスで、このドアの孕む奥行は隣家で行き止まりになるどころかまるで屋根裏部屋の水音である。化は隠喩的、隠喩は化であるが、同時にハンスは甲虫になる。何も見落とすまいとして本質や法則に屈服しない汎フォーカスの症状では、もう一人のハンスは家長の範疇を飛び出す。見落としていたドアは家長の方角で、専制的に猛威を振るう方向ではないために見落としていたのであるが、出自と系譜の純粋な、巨大な力は純粋なままにずれる、その即興の衝撃がもう一人のハンスの出現なのである。

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