Friday, January 15, 2016

碧空690 ピンぼけの効果、ピンぼけの気配

690 ピンぼけの効果、ピンぼけの気配  この世のものが霊的形式を映し出す媒体性(化)が、この世のものを場所が映し出す媒体性(擬態)に進化(零落)するや、救世主は姿を晦ます。  十二弟子が救世主を目撃するとしても、それはピンぼけ状態で先触れることでしかなく、この世のものとして証明できない。十二弟子が同じ顔をしているのは誰もがヨハネなのである。しかもそれぞれに思いがけない役割が当てられている。救世主を釘づけにするためであるが、この珍しい変異種という以上の突出(半ばこの世のもの)であるために展翅できない。死はどんな特別な生も問う解釈のリスクを省いて平均化してしまうが、この突出は均されないのである。  人々は或る死のうわさ、救世主のうわさに魘される。救世主はこの世のものではないのに、救世主の死が出回る。しかし、発信と受信が解離しないphantom circuit で、うわさのように出回るのである。  ダ・ヴィンチの最後の晩餐の図に、救世主は写っていない。では一体これは誰なのか。しかしそれは、誰であるか問うことなのではなく、極端に私的なのに「私」を脅かす存在が姿を晦ましてしまう、その韜晦と失踪の目じるしである。ウォーホルの最後の晩餐の図の色違いのシリーズは、種が出現しては逃れ去る忽光(惚恍)を以て、この半具体に迫ろうとする。救世主のピンぼけの気配は、薄気味悪くもあるが何かうっとりするものなのでもある。

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