碧空692 半ばこの世のものがこの世のものになる
692 半ばこの世のものがこの世のものになる
夢は断片となった習作に見えるが、この世のものとしての断片が人知れず落としている影の、すなわち断片をこの世のものにしている場所の、その浮上が、場所と意味の区別をおかして断片を半ばこの世のものにする大気である。
夢がこの世のものであるために開かずの間が封印している秘密は、夢と夢の影が解離する零落(夢/夢の影)、死体が代表するような零落の気配であり、それが封印し切れないで洩れ出すのは夢と夢の影が解離し切れないで(夢(・夢の影))、死が代表するように何よりも身近なのに何よりも疎々しい。日常性は開かずの間が機能しているのであり、機能している限りで死体をいくら解剖して影を掘り下げても零落の気配は消えていて、秘密は解けない。開かずの間から漏洩する半秘密をこの世のものにするための零落の気配の封印が、開かずの間として機能する信仰やファンタジーである。
受胎告知や復活や救世主といったcomplete privacyは死の如く、半ばこの世のものであり、受胎告知や復活や救世主といった信仰やファンタジーは死体の如く、半ばこの世のものの世俗化である。
ところで、この世のものの媒体性が秘密になると出現する言葉や貨幣や地位といった媒体も、半ばこの世のものであるか、半ばこの世のものの世俗化であるか、他の誰かを要請しない限りで意味も価値も権力も一瞬にして跡形もないが、この失語状態は、受胎告知や復活や救世主が死の如く場所と場所をこの世のものにする影としての意味との区別がおかされているようにではなく、しるしとしるしをこの世のものにする影としての物との区別がおかされてcomplete privacyなのである。この世のものを媒体にする霊的形式の潜伏は、場所(・意味)からしるし(・物)に次元を移して意味や価値や権力が言葉や貨幣や地位を映し出すのであるが、その反転、言葉や貨幣や地位が意味や価値や権力を映し出すように反転(零落)するのは、半ばこの世のものがこの世のものになるのである。


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