Tuesday, January 26, 2016

碧空697 何に触れたか分からずにぞっとする

697 何に触れたか分からずにぞっとする  「雨もよいの日」で始まるカフカの断章は、「大きな薬局」で始まる段落を擁するが、二つの段落はparamorph である。「雨もよいの日」、誰かを待っているが、声がするとその姿は見えず、姿を現わすとこんどは(待っていたのだから誰だか知っているはずだろうに)なかなかその顔が見分けられない。せめてじかに触れたいと思って手をつかみ、ぞっとする。  壁に吸い込まれるように「大きな薬局」に出て場面が唐突に転換するのは、もう一つの解なのであるが、そうではないかのように(時も場所も飛躍していないかのように)抗う。薬局の窓を通した外の眺めを塞ぐ三人の人影があるが、その中で目立つのは男で両側の女は「低く押さえつけられているか、沈められたか、あるいは自分で沈んでしまったらしい」ように、場面1も2も縁生的に「低く押さえつけられているか、沈められたか、あるいは自分で沈んでしま」い、見てはならない、という反語的禁止があるかのように気配立つ。  場面2は場面3(「薬局の奥」)を孕んでいてそこへ導かれるが、この誘導も方解である。その証拠に、こんどは「薬局の奥」も見透せないようにあの三人の人影が塞ぎ、医師ヘローディアスは薬局の方面に精通していてしかるべきなのに薬局にごった返す人々の重力に身を委ねただけの混雑をせいぜい掻き分けているだけであり、三人の人影に面して誰何して、その応答にぞっとする。究極の「隣人」という応答に(見てはならない、という反語的禁止があるかのように)身震いするのである。  究極の隣人にじかに触れるほど何に触れたか分からずにおぞましくも、ぞっとすることがあるものだろうか。

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