Saturday, January 30, 2016

碧空700 不滅(Salome Salome)

700 不滅(Salome Salome)  不滅というものには、じかに触れて何に触れたのか分からずにぞっとする。つまり、不滅というものは半ばこの世のもの、見てはならないという反語的禁止が密通のようにかかる「入れ墨におかされた少女サロメ」(G.Moreau)のようなもの、すなわち二人サロメなのである。  ヨハネの生首は、首を刎ねられたカムイ(「カムイ伝」白土三平)がそうであったように、双子のヨハネの片割れである。この分身は、もう一人のヨハネに乗り移る限りで起こる。つまり、見てはならないという反語的禁止がとり憑くのである。しかし、個であることの裏をかく双子のトリックが解明されるのではなく個というものが解けて媒体性が薄気味悪く迫ることで、犯人は誰でもなくなる。犯人を探す王が実は犯人であるような二重性の場合にも、運命の例解としてのオイディプスには腹話術も催眠術もかかっていて、個を基盤とするミステリの領分から逸脱してしまうのである。

0 Comments:

Post a Comment

<< Home