碧空703 じかに触れて何に触れたのか分からない
703 じかに触れて何に触れたのか分からない
波が打ち寄せる浜辺に魚が這い上がって来る。サロメの裸身に入れ墨が浮かび上がり、夢が夜な夜な打ち上げられる。
夢は、見てはならないという反語的禁止があるかのように見る、つまり見ていても禁止がかかっていて見ていないかのようだ。同じようにして、サロメの裸身に這い上がった入れ墨にも「産屋」の反語的禁止がかかっていて、入れ墨はサロメに属するのではなく、入れ墨がサロメを間に合わせる。サロメの入れ墨ではなく、入れ墨のサロメなのである。同じようにして、死は「私」に属さない。死が「私」を間に合わせる。「私」と「私」が占める死が解離し、死が「私」の死となって「私」を騙し騙し間に合わせる図は、入れ子状態になる。死が厳密に守られない。死そのものではないにしても死のすぐ近くを歩いていてずっと道が見えていたのに不意に方角を見失うようなもので、道が消えているのである。
というのも、ずっと道が見えていたのは漠として道の気配がしていたということであって、道が消えるのではなくあふれ出してしまうのである。こうして、「私」は身代わる。窓から差し込む日射しの他に誰もいない美術教室の、鬱然とした石膏像は何も変わっていないのに、じかに触れて何に触れたのか分からない。


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