Sunday, February 07, 2016

碧空705 隠れなさ、隠れなさの偽装

705 隠れなさ、隠れなさの偽装  カフカの薄明が何かおかしな奇妙な感じであるのは、解明し得るトリックが潜んでいるのではなくトリックの基盤が崩壊して、そもそもミステリにならないのである。「私」が身代わることは、ミステリの解体へ導く。  横溝正史に蔽いかけるゴシックの気配も、トリックの解明がトリックの基盤の解体を誘発して、犯人が誰でもなくなるのである。  罪が隠れなくなると(すなわち、覗き穴が盗まれた状態では)犯人は誰でもなくなる。告解は、この誰から来るのでもない「委託」を擬する偽装委託である。「私」が身代わること(自由、孤独、思考の剥奪)を隠す根源的欺瞞(零落)のままに、聴聞僧が秘密を委ねられて身代わることで「委託」の覆蔵を埋め合わせるかのように、隠れなさが偽装し、犯人は誰でもないかのようになるのである。

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