Saturday, February 13, 2016

碧空709 「ぼくの身に起きたこと」の衝撃

709 「ぼくの身に起きたこと」の衝撃  paramorph1 「・・・彼をぼくのほうへ抱え上げること・・・ぼくはそのとおりにした。すると彼がこう言った。「わたしは旅行中だ、邪魔をしないでください。あなたのシャツを開いて、わたしをあなたの身体に近付けなさい」ぼくはそのとおりにした。彼は、一歩大きく踏み出すと、まるで家に入るようにぼくの内部へ消えた。」(「断章」F.Kafka)  「ぼくの身に起きたこと」を身近な他の誰かに話すことに反語的禁止がかかったのではなく、この、失神しなくてもいいのだろうかと思いたくなるような出来事は、村全体(そのようなものがあるかどうかはともかくも、「村全体」)に降りかかろうとする何かの前兆ではないかと受け止められ、よくぞ「前兆」を持ち帰ったとねぎらわれ、判断のために古老が呼ばれる。  paramorph2 その乞食音楽師は、深い眠りから急に叩き起こされたばかりでなかなか方角がつかめないといったふうで、奥からしぶしぶ出て来た「ぼく」の父に不機嫌に誰何されて「わたしはイタリア出身なのです」と思わず応答してしまうが、まるでそれは「罪の告白」のように聞こえる。これは、居合わせた「ぼく」たち子供に辺りの静寂と区別のつかないほど無差別に降りかかっているのであり、それは、辺りの静寂と菩提樹のざわめきと区別がつかないようなものであるが、衝撃なのである。  paramorph3 降りしきっていた雨が外ではもう止んだというのに、それは無差別に降るはずのものなのに、なおも「ぼく」の部屋に降り込めていて、それを避けようと何かを頭上に翳しても、こんどは翳したものの下で変わらぬ強さで降り込めてしまう。  こうした衝撃は、雨の強度ではなく、「罪の告白」のずうずうしさを貫通して、奇怪にも「悠久」に届いている。極端に私的なのは「わたしはイタリア出身なのです」ではなく、流浪の民の武装解除された狼狽でもなく、「わたしはイタリア出身なのです」が、場面全体にじかに触れて何に触れているのか分からないように(音のしない菩提樹のざわめきのように)降りかかったことの、その衝撃である。

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