碧空713 待機している処刑機械
713 待機している処刑機械
正体の知れない優越は、縁生から来る。「私」や「民族」というものの、その「委託」の記憶・予感は「自信」に面して「驚愕、懐疑、嫉妬、恐怖」に面してしまう。「委託」の懸念は、他の誰かを要請しているのに「私」や「民族」というものの斉唱や復唱のうちに強引に「真実」のようなものが芽生えるのであるが、実は「一般性」が実体もなく猛威を振るうに過ぎないのである。
「流刑地にて」(F.Kafka )を代表して待機している処刑機械は、そうした「真実」のようなもので、輪郭を与えるようで剥奪する。処刑機械にかかる苦行の、その「自信」の優越は冒されている。
全貌を現わさない「オクラホマ大劇場」(「アメリカ」F.Kafka )にかかる、すなわちそれは処刑機械が具体を解いた霊的気配なのであるが、それが猛威を振るってカール・ロスマンの身に起こる失踪(一体この空虚はアメリカなのだろうかと思うような彷徨)を前触れるのが、流刑地としての新大陸に接岸しようとするカール・ロスマンの、その直前の身に降りかかる「火夫」の出現の、その極端に私的な(従って処刑機械が汽船の深奥に変装した)「委託」の記憶・予感である。


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