Friday, February 26, 2016

碧空718 症状が変態、転位するというだけで鎮まる

718 症状が変態、転位するというだけで鎮まる  躁鬱の、その症状が変態するというだけで、癒されるように沈み、癒されるようにはしゃぐ。つまり、躁鬱の症状とは、矛盾した命令を同時に満たす解としての症状が解消されても別の症状(別の解)に緊張が転移してしまうように、根拠のない癒しのようなものである。  正直や正当性と真性も妥当要求の如何わしさは何も変わっていないのに、その、隠れているものが顕れる効果の症状が変態するというだけで、如何わしさが鎮まる如くである。  結核の肺の空洞は、体を守るはずの免疫が体を攻撃してしまう倒錯、「過剰反応」であるとされる。体を守るための模写発作としての失神の発作的なエラーが自殺であるように、狼狽して発作的反応が倒錯するのである。「私」を守るために「私」を空洞にして、症状としての「自由、孤独、思考」が症状としての「運命」に変態し、緊張の症状として解離しない「問と解」がもう一つの症状として解離しない「罪と罰」に変態する、というような症状の次元転位は、Nietzche的なものである。  逆にNietzsche的なものを、見てはならないという反語的禁止に導かれるままに人間的に(脱隠喩的に)そっと照らし出すと、癩病やサリドマイド奇形や佝僂や水俣病の痙攣的な忽光が忽光の模写発作である惚恍に先立つように症状が変態して、苦の霊的抽象である罪と罰(としての苦)とが解離するだけでなく、霊的抽象である問と解(としての苦)との解離にまで零落するのであるが、そのようにして苦の最終状態としての罪が打ち消され場所となって潜伏して、この世の苦は何か鎮まるのである。

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