Tuesday, March 15, 2016

碧空730 襲いかかる「郷愁」

730 襲いかかる「郷愁」  暴露の効果である暴かれなさ(無底)は、遍在する窃視の効果である寂漠(隠れなさ)の次元減衰した断面であるが、凡そ謎解きの果てしもない再生産(ミステリ、精神分析、科学的発見、歴史的発掘)は、本質の崩壊、部分が全体を予期するように全体を代表して、記憶との区別がおかされた「郷愁」に導かれている。本質が気懸かりなのに本質というものは宙に浮いているのである。「郷愁」とは、そのような重力である。しかしそれは、救出を待つ断面に導く魂であるだけでなく、救出を待つ無底に振り返る魂でもある。それは、素材が欠落していて空振りになっても襲いかかる。  そのようにして、夢精のような捕食は、世の終わりに出る。捕食と被捕食の区別はおかされ、追跡や陰謀の気配、蔽いかける眠気、世の終わり、といった秘密の変装を「郷愁」は貫通するが、そうした変奏に先立つというより、先立つかのように、種のように進化(零落)して出現するのである。それは、襲いかかる。  オイディプスを襲う「郷愁」は、そんなふうにして誰に降りかかっているのか分からない。その夢精のような捕食は、既視感のように襲われていて、オイディプスを縮小して誰でもなくする。  一体、オイディプスがSphinxの辺を通りかかるのは、百年にひとたび姿を現わす都を通りかかるニルスがペニスに縮小すると同時に器官を延長してガンの翼を生やす如く、大視症に乗っている。大航海時代に呑み込まれるように、この縮小の効果は縮小するものの極端なズーム・アップと視界の極端な拡張である。約束の時が満ちて姫の枕元に夜な夜な通って来る沼の主が蔓植物のように獰猛で鬱然としているのは、夢精のような捕食が霊的に気配づいているからである。つまり、半神や半人半獣や魑魅のように両棲的、二重生活的な存在、本質の崩壊した存在が方解して、四方に拡散する解がそこここで思いがけなく「郷愁」に襲われるとすれば、それは、救出を待つ存在へ導かれるのであるが、「変わり易い力」の秘密な体験から自由になって、種のように、救出を待つ存在が保存されることにもなるのである。

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