Thursday, March 17, 2016

碧空731 超絶症状からの自由

731 超絶症状からの自由  Sphinxは、「変わり易い力」の秘密な体験から自由になってオイディプスが保存されるために、問そのものである「郷愁」が別の問となって口から飛び出す、すなわちエコーする装置である。この世のものとして寿命を鎧うオイディプスも、混合種として救出を待つオイディプスも、夢精のような捕食が霊的に気配づいているオイディプスも、Sphinxは扱う。マタイ伝マルコ伝ルカ伝ヨハネ伝がJesus Christの変態を扱いヨハネがその到来を前触れるように、Sphinxはオイディプスの変態を扱いその到来を前触れるのである。  オイディプスの二重生活をSphinxとして透視することとしてオイディプスは通りかかる。エコー装置でもあるSphinxは、オイディプスの変態が、歩行の三段階であるかのように拡声してオイディプスをあさましがらせ、口から飛び出した声に驚くオイディプスの、その救出を待つ症状をオイディプスの流転(不断の失踪)で覆面してしまう。透視不能になるのである。カール・ロスマンの失踪(「アメリカ」F.Kafka )もそのようにして、「変わり易い力」に覆面をして、極端に私的に救出を待つ超絶症状から自由になって程度としてのカール・ロスマンの去来が法則的、歴史的に保存されるのである。しかし「オクラホマ大劇場」の募集広告の辺へ出て通りかかるカール・ロスマンは極端に縮小して「郷愁」に襲われており、二重生活の霊的気配を透視した「オクラホマ大劇場」の、その拡声器を通す限りで、「一芝居見せる」ような本質の崩壊、隣人性が、分業の生真面目さ頑固さとなってエコーするのである。

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