Monday, March 21, 2016

碧空734 瞬間移動

734 瞬間移動  道が続くのは、飽き足りないからだ、とF.Kafka は断言している。「郷愁」に導かれるのも、それが懐郷や憧憬に導かれるように記憶と予期に分岐したとしても、道は続くのであり、その場所その位置に満足していないのである。そのようにして「国道の子供たち」(「観察」F.Kafka )の頬をなぶる空気のながれは「南の都市」へ誘うのである。  「南の都市」は、1912年の夢では、「ニューヨーク」に瞬間移動している。初めは一体どこにいるのか分からなかったが、突然あのニューヨーク港にいるのだと分かるのだ。「水が高く波を立て、その上を実にさまざまな国の船が行き来して」いて、「長い丸太が我々の筏代りに巨大な丸い一つの束に結わえられていて、それが流れてゆくとき、その端の面が波の高さに応じていつも高く低く上下して」、「そしてさらにそれが縦に水中で回転していた」。「ぼくは腰を下ろして両足を自分の方へ引きつけ、面白くてゾクゾクし」、「地面に穴を掘って身を隠しているように」楽しいのであるが、それは、この死者の目の、瞬間移動したような奇妙な漂流が、単に穴から観察することでも単に穴から脱け出して斜めから観察することでもなく、ニルスのように小さく小さく縮んでしかも極端に自らをズーム・アップすることだからである。  つまり、「南の都市」は、ハンスが発見したもう一人のハンスがエコーするように縮みながらハンスのからだの中へ消えていった屋根裏部屋に水音を立てて瞬間移動しているのである。

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