碧空742 凡そ代わること
742 凡そ代わること
「救世主」がこの世に入り込もうとすることはそれ自体が救出を待つ症状であり、この世の終わりがこの世に忍び込もうとするようなものであり、最終状態の収穫、意味がこの世のものになろうとするようなものであり、しかも他の誰かを要請しないという裂目が、この「絶景」の目撃と狙撃である。「雀のお宿」は、そうした二重の裂目である。それは、(最終)検索ロボットが通りかかって認識されたと感じるような超絶廃墟である。その人気のない淋しさは凡そこの世のものであることの程度を廃棄していて、正体の知れないものに触れてぞっとするが、何か楽しげでもある。
楽しげなものの正体は、種々の代表、隠喩的であれ、脱隠喩的(平均化や提喩的)であれ、器官の延長であれ、出現すると同時に潜伏すること、凡そ代わること、騙し騙し贖う即興である。


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