碧空762 「二人をごちゃ混ぜにした」兵役の、偶然の素材
762 「二人をごちゃ混ぜにした」兵役の、偶然の素材
この世のものの場所の場所が浮上して宙に浮く、その空虚に面して空虚を埋め合わせようとするかのように、死体に面して狼狽からぐるりを見回すように、むだな能力、むだなもので塞ぎ込め、あるいは埋もれることは、転移発作なのか(もしかして)模写発作なのか見極め難い。裂目というものは円環でもあるが、余計な二重性でもあるからである。
屋根裏部屋にがらくたを詰め込むように空虚を隠喩やユーモアや日記で塞ぎ込め、埋もれる。秘された日記がむだなのは、虚構の気配を消した究極の虚構が変態して虚構の気配が消せないからではなく、秘密を分け合おうとして毒を盛るような虚栄だからである。
1916年 4月19日の「日記」(F.Kafka )には、「自由意志」のように逆らってビクともせずに閉じていたかと思うと(やはり「自由意志」なのか)素早くパッと開いて見せる或るドアの空想と、どうも父のようだが「二人をごちゃ混ぜにした」おかしな挙動、窓からやけに乗り出してずるずる落ちる体に不覚にも手を伸ばさないではいられないのを見越したような嫌がらせに(果たして)まさか手を離してみるわけにもいかずへとへとになるまで振り回されてしまう或る渾身の夢とが、おかしさに身を震わすとも緊張に引き攣るともつかずに、「余計な二重性」の解として、並列している。それは「私」の空想や「私」の夢であるとしても、その「の」は主格なのか目的格なのか同格なのか比喩なのか所有格なのか見極め難く、今しもヨーロッパに起こっている戦争に呼び出されて「二人をごちゃ混ぜにした」兵役とはまるで没交渉であるはずの「私」が、「二人をごちゃ混ぜにした」不随意性を体して闖入しているのである。ふざけ切ったドアも父も、その秘密の透視の(隠喩とユーモアの)偶然の素材に過ぎない。


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