Monday, May 16, 2016

碧空768 生真面目に催眠術にかかる

768 生真面目に催眠術にかかる  「遠方からの影響」と星辰の配列の影響との差異は、「遠方」の、その抽象と具体の差である。二次的に「遠方からの影響」に昇格する星辰の配列の影響は、即興的に罪に罹るように成就する亀裂や卦や体液で、偶然が「自由意志」のように闖入する。この闖入した生真面目な具体が三次的に「遠方からの影響」に昇格して地や反対命題となって潜伏する占術では、例えば罪に罹るように疫病の蔓延を占う。疫病の蔓延は、地や反対命題となって潜伏した亀裂や卦や体液などの、その、霊的しるしを占める意味である。  思考の不随意性は、発見(a possible)と種の関心(the possible)は何か決定的に似ているが何か決定的に違うことである。それがユダヤ民族では、ヤーウェと呼ばれ、なぜか罪責のようにもNOSTALGHIAのようにも感じられる。一体ヤーウェに面することはユーモアに蔽いかけられるのであり、むだな能力に罹るのであるが、この世のものはむだなものであることから脱皮するようにして、生真面目な通過であるように進化(零落)するのである。  凡そ理論は暗示のようにはたらいて、催眠術にかかったように発見が後発する。祖父の写真を見ることになると暗示をかけられて、小さな黒点はおろか真空まで素材にして祖父の写真が見えるようなものである。それが、ミクロとマクロに果てしなく展開する。先発するかに見える発見も、種の関心の鬱勃とした充実である。「予言」(久生十蘭)は、経験と伝聞の解離しない二重の通過、解離する通過、救出を待つ症状の間の変態を扱っているが、その展開は、場所が崩れかかっている猛威すなわち空虚の断面に閉じ込められるのであり、その果てしなさは催眠術や予言にかかることが罪に罹ることであるような生真面目さで、同じ生真面目さで「Little Nurse」は催眠術にかかっている。

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