Sunday, June 12, 2016

碧空785 不完全な場所、不完全な出来事

785 不完全な場所、不完全な出来事  告白と予言の間に、経験と伝聞の間に、「迫真」と「真空」の間に変態する物語からの生還に素材は呼び出されている。この、物語からの生還の、その断面は、「アドルフに告ぐ」(手塚治虫)や「百年の孤独」(G.Marquez)に組み込まれている「LITTLE NURSE」状態である。  存在分析は、存在するものと存在が解離する「迫真」と解離しない「真空」との間に変態する物語からの生還、精神分析は、存在と存在するものとの関係が矛盾する命令(予言)と凝り結ぼれる症状(告白)との関係に外在的(神話的)に転写され、この神話的な症状の解消が症状の変奏であるような、つまり、解消したのではなく予言となって潜伏して別の症状の成就を導くような、物語からの生還である。「ある場所にやってきても、現実が地図と一致するまではなかなか時間がかかる」ように、症状と症状を導いた命令が一致するまでは時間がかかる。他の誰かの症状が吹き替えられていて、この、外在する人面瘡のような遊走を解除するには転写が二重でほぐしにくいからである。  出埃及は、乾燥の危機に曝されたアメーバーのように凝集して一つの生体の如くに移動する。それは、導くモーセと導かれる民族との間の変態である。導きの能所にどちらが優越するか、先立つか、といった区別はないが、導かれる民族と導くモーセとが一致するまでは時間がかかる。モーセがカナンに入れないのは寿命が尽きたからではなく、物語から生還するためであるが、律法と産業とが一致するまでカナンには時間がかかる。カナンとは、現実と地図が一致するまで時間がかかる両棲的な、不完全な場所を占める不完全な出来事なのである。

0 Comments:

Post a Comment

<< Home