碧空799 terra incognitaの闖入
799 terra incognitaの闖入
復活したことにならない「復活」の気配に狼狽して、顔を右に左に回すような転移発作が、極端に私的な「死」というものである。隠れなさと暴かれなさの間に顔を回すのであるが、Tolstoi は隠れなさを潔しとしない。というより、暴かれなさと混同して走査しないではいられない。
J.J.Rousseauを包囲して「私」というものを脅かす追跡や陰謀の気配は、ヤーウェの顔に被曝することの変装であるが、Tolstoi を包囲するのは名声の気配である。それは名声であるために程度としての私的な気配を打ち消しているが、隠れなさに被曝することはそのようなことではなく「私」というものが解けることの秘密性が剥き出しになるのであるから、変装して包囲するのは程度としての名声ではなく、混乱は避け難い。それは、追跡や陰謀の気配と同じ秘密な気配なのである。
このようにして、Tolstoi を奇妙に屈折したユーモアが襲う。それは総掛かりで、Tolstoi の自由、孤独、思考を希釈するのではなく、生真面目な走査のために頑固に鎧うTolstoi を解きにかかるのであるが、狼狽から、「神に人はただ一人で近づく」などと混乱してしまうのである。


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