碧空803 「復活」にかかる時間
803 「復活」にかかる時間
Tolstoi の長大な叙述や離心(奇矯な彷徨)は、流刑や懲役や極刑のような裁き及び監禁の制度を「驚くべき」こととして懐疑することの、その哲学的眼状紋の暗示にかかって演繹するようにではなく走査するように(イヌが催眠術にかかっているように振り返るのではなく)後からついていく。
この走査は、不覚にも何か演繹に似ている。後続の出来事を通して先立つ出来事は打ち消されて、後続の出来事を包む媒質となる。この潜伏した出来事の媒質性は、後続の出来事が先立つ出来事を映し出す媒体性の転位である。出来事は前後に解離して時間がかかるようになる。これは、後続の出来事が先立つ出来事を贖うようなものである。先立つ出来事がまるで罪であるかのように贖われて出来事は後続し、走査は後からついていく。「驚くべき」裁き及び監禁の制度の、その眼状紋の覚醒は、こうした物語る時間が起原であることを不覚にも透視する。「復活」にかかる時間は、裁き及び監禁の制度が具体となって演ずる細部を催眠術にかかったように後からついていくだけでなく、裁き及び監禁の制度は問としての時間の解の一つなのである。


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