Sunday, July 10, 2016

碧空804 混乱としかいいようのないもの

804 混乱としかいいようのないもの  三枚続きの絵図は、一枚が出来事として先立つ他の一枚を贖うためにどの一枚もつねに全体を代表して、解離しているが何か似ていることになる。この、出来事の寄生、もう一体分の器官や組織を孕んだ奇形嚢腫の気配は、世の終わりに出てしまう「復活」の、その隠れなさの断面、前後に解離してしかも寄生する出来事の展開、陰謀の気配で、誰と入れ替わったのか、どの出来事を贖ったのか解き難い。  「O侯爵夫人」(Kleist)を襲った「身に覚えのない」受胎、この、綱渡りするヒステリア(放浪する子宮)は一体何を封じ込めてしまったのか。というより、これは、空飛ぶ円盤に吸い上げられてAlien の胤を宿して戻って来るようなヒステリアではなく、ヒステリアを躱そうとしてヤーウエに出てしまったかに見える。拉致あるいは侵入され凌辱される白日夢を贖うように、ロシア兵に凌辱されかかる悪夢の頓挫が後続する。この悪夢を不完全な出来事にしたのはF伯爵の思いがけない潔癖であるから、「身に覚えのない」受胎は、白日夢が正夢にならないように贖い、白日夢が悪夢の頓挫で贖われたことは本懐ではないというふうなのである。  「身に覚えのない」受胎はO侯爵夫人の陰画を現像すると浮かび上がって来た陽画であるが、しかも三枚続きの中の一枚でもあって、この一枚が代表するO侯爵夫人と呼ばれる全体は抽象なのか具体なのか見極め難い。この、O侯爵夫人と呼ばれる全体の気配は、「無意識的なもの」である。  死んだはずのF伯爵がまるで蘇るのは、一体誰と入れ替わろうとすることなのだろうか。それは、世の終わりに出たヒステリアが試しに鏡を覗き込んでみるとそんなふうに映し出されてしまっている転位(零落)、場所との区別がおかされたDracula が鏡を覗き込むと部屋が(Dracula が部屋になって)映っているようなものである。半未亡人のO侯爵夫人は、侯爵夫人と父G大佐との間の「無意識的なもの」を躱そうとして隠れなくなるためなのか、M市の諸新聞に、いつの間にかただならぬ身体にしながら姿を晦ましている誰か、生まれ出るものの父となるべき人に名乗り出るよう促す広告を出す。この、隠れなさが公開性に零落することは暴挙のようであってO侯爵夫人の清浄を証明するかに見え、この広告の後で、G夫人が娘(O侯爵夫人)の部屋の鍵穴を通して目撃した光景、娘が父の膝に抱かれ唇と唇を合わせ(異形のものの影を落としてしまっ)ている光景は、何とも異様なのに奇妙にもG夫人は、父と娘の和解の光景としか見ない。  この、混乱としかいいようのないものは、誰もが器官の延長であることを躱そうとして器官の延長であることに出てしまい、この「無意識的なもの」を躱そうとして致命的に誰かと入れ替わってしまう隠れなさである。  半具体としてO侯爵夫人は、うわさのように漂い、Sphinxのように「それ」を問いかける。「それ」とは、凡そ何かであることの頓挫、場所が時間だと(あるいは疚しさであると)分かる場所に出ることであるが、一体それは分かることなのだろうか。

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